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2006.08.22

ネコ好きだから?

生まれたときからネコと暮らしてた
生粋のネコ好きだけど
今は養ってあげられないから我慢してるのに、と思う今日この頃。

女流作家「子猫殺し」 ネット上で騒然

2006年8月18日付け日経新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載された、直木賞作家・坂東眞砂子さんのエッセイが、ネット上を騒然とさせている。「私は子猫を殺している」というのである。坂東さんの掲示板では、06年8月19日にエッセイのコピーが書き込まれてからコメントが突如急増し始め、坂東さんへの批判が怒号のごとく続いている。

騒ぎになっているのは「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている」という文章ではじまる「子猫殺し」と題されたエッセイ。
タヒチに住んでいる坂東さんは、家の隣の崖の下の空き地に、子猫が生れ落ちるやいなや放り投げているという。

内容は以下のとおりだ。

猫に言葉が話せるなら、避妊手術など望むはずがないし、避妊手術を施すのが飼い主の責任だといっても、それも飼い主の都合。「子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずに済む」。そもそも、「愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。獣にとっての『生』とは、人間の干渉なく、自然のなかで生きることだ」。人間は、避妊手術をする権利もないし、子猫を殺す権利もないが、「飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない」。

最後は、
「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである」

と締めくくられる。

坂東さんの「どんなに糾弾されるかわかっている」という予想通り、エッセイへの批判や怒りがネット上で噴出している。
「坂東先生の本はすべて焼き捨てます」

「坂東眞砂子・掲示板」では、06年8月19日のエッセイのコピーのカキコミがされてからというもの、批判や罵詈雑言で溢れ、その数は50近くになる。掲示板のなかで、坂東さんのファンだったという人も、
「もう、坂東先生の本は買いません。今まで大切にしてきた本も、すべて焼き捨てます。それが、先生に殺されてきた何の罪もない猫ちゃんたちへの、私ができるせめてものことだからです」

と書き込んでいる。
SNS大手のmixiでも、
「どう考えても産まれて来てから理不尽に殺されるより始めから産まれてこない方が不幸ではないと思うんですが…」

などという批判的な意見が多い。
人気ブログ「きっこの日記」でも、
「これじゃあ、人間が、避妊してセックスするのも、避妊しないでセックスして、できちゃった子供を人工中絶するのも『同じこと』って言ってるワケじゃん。それどころか、こいつのやってることは、生まれて来た赤ちゃんを殺してるワケだから、人工中絶よりもタチが悪い」

と手厳しい。
J-CASTニュースでは、エッセイを掲載した日経新聞の担当部署に電話で取材を申し込んだ。しかし、同社社長室・広報グループから書面で「エッセーは7月7日から毎週1回連載している。タヒチでの身辺雑記を中心に書いていただいている。該当のエッセーについてはメールで数十件の反響があった」という返答がきただけで、それ以外は答えてもらえなかった。



やってる本人もいろいろ考えたことだろうし
その結論が子猫殺しなんだろうというのは
記事の一部からも読み取れる。

でもやってることは間違ったことだと
アテクシは思うのだ。

猫に言葉が話せるなら、避妊手術など望むはずがないし、避妊手術を施すのが飼い主の責任だといっても、それも飼い主の都合。「子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずに済む」。そもそも、「愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。獣にとっての『生』とは、人間の干渉なく、自然のなかで生きることだ」。人間は、避妊手術をする権利もないし、子猫を殺す権利もないが、「飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない」。



確かにネコが話せたら、不妊手術は望まないと思う。
が、仮に話せたら、生まれた子を殺させることも望まないと思う。
さらに言えば、愛玩動物として飼われることも望まないだろう。
ネコをペットとして飼い、かわいがるという時点で
すでに自然の中で生きることから決別させられている。
それでも人間のエゴで飼い続けると言うのなら
人間の中で共存できるように配慮するのが
飼い主がしなくちゃいけないことだと思う。
人間の干渉が入った時点で、すでに自然ではないのだから。

きちんと育てていく上で
不妊手術はデメリットばかりではない。
自然からかけ離れた状態でかわいそう、などという
檻に入れてるくせに自然を望む不自然さより
一度の不妊手術によって防げる病気があることや
度重なる妊娠・出産の負担を防げるという
メリットにも目を向けるべきだと思う。

不妊手術による不自然さを強調して
飼い猫の自然を優先させたつもりになっているけれど
このような飼い方をするくらいなら
ネコを飼う資格なんてないと思う。

実家でネコを飼っていたとき
両親は不妊治療、完全室内飼いをしていた。
確かに「動物的自然」とは程遠い状態だ。
しかし命に責任を持つ飼い方は、本来はこういう形じゃないだろうか?
病気になった子たちには、手の施しようがなくなるまで
看病し続けたし最期も看取った。
坂東氏は、今飼っているネコが病気になった時
どうするのだろう?
自然の営みとして病気のまま放置するのだろうか?
手を差し伸べれば回復するケガも放置しているのだろうか?

何がネコの「生」の充実だ。
そんなことをペットに望むのなら
飼わないことこそ、一番自然な状態ではないだろうか?
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Posted at 22:03 | 日記 | COM(0) | TB(0) |
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